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首里城

发布时间:2019-12-16   责任编辑:华夏神镖   信息来源:互联网
       首里城概要: 
  从15世纪开始到废藩置县的大约500年间,一直是作为琉球王国的皇城而统治着整个琉球,是琉球王国的政治/经济/文化的中心。同时,还作为宗教的中心通过派到各地的神女来完成王国的祭祀典礼。在首里城及其周边地区文艺音乐盛行,活跃了众多的美术、工艺的艺术家。包括冲绳战争,首里城曾4次被烧毁过。首里城在二战后一度成为了琉球大学的校园,大学迁移后对遗迹进行了复原和修复工作。现在重现在大家眼前的首里城是以18世纪以后的建筑物为模型复原而成的。首里城在2000年12月2日作为「琉球王国的城堡及相关遗产群」之一而被联合国科教文组织认定为世界遗产。以首里城的正殿为中心,守礼门、园比屋武御狱石门、圆觉寺等组成的文化遗迹是属于国营的主题公园。
  分为免费和付费两个区域,参观正殿等需要购买门票。而可以眺望那霸市景的「西面瞭望台」是免费的绝色景点。
  首里城里还配有休息中心、停车场等完备设施,得到了众多观光客的眷顾。
  关于琉球王国
  琉球王国成立于距今约570年前(1492年),大约在120年(1879年)之前,历经450年是独立于日本之外的西南诸岛王国。琉球王国以中国为中心通过与日本、朝鲜、东亚诸国的外交、贸易发展成为了海洋王国。首里城是其政治、经济、文化的中心。明治维新之后成立的日本政府派军队侵占了琉球并将国王尚泰驱逐出了首里城。随之,设立了冲绳县,琉球王国灭亡了,成为了日本的一个县。






  
  首里城は:
  琉球王国の居城として15世紀から廃藩置県まで約500年にわたり琉球王国を統治し、沖縄の政治/経済/文化の中心地となっていました。同時に、各地に配置された神女(しんじょ)たちを通じて王国祭祀(さいし)を運営する宗教上のネットワークの拠点でもありました。首里城とその周辺では芸能/音楽が盛んに演じられ、美術/工芸の専門家が数多く活躍していました。首里城は沖縄戦を含め4度焼失しました。戦後、跡地は琉球大学のキャンパスとなりましたが、大学移転後復元事業が推進され現在に及んでいます。復元された首里城は、18世紀以降をモデルとしています。2000年12月2日、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとして世界遺産に登録されました。首里城正殿を中心として、守礼門や園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)、円覚寺跡などの文化財からなる国営の公園。
  有料区域と無料区域に分かれていて、正殿などの見学は有料。那覇市内を一望できる「西のアザナ」は、無料で楽しめる隠れた絶景スポットだ。
  レストセンター、駐車場も完備され、多くの観光客が訪れる。
  琉球王国について
  琉球王国時代の今から約570年前(1429年)に成立し、約120年前(1879年)間での間、約450年に渡り、日本の南西諸島に存在した王制の国です。琉球王国は、中国をはじめ、日本、朝鮮、東南アジア諸国との外交、貿易を通して海洋王国へと発展しました。
  そしてその政治、経済、文化の中心となったのが首里城です。明治維新により成立した日本政府が軍隊を派遣、首里城から国王尚泰(しょうたい)を追放しました。そして、沖縄県の設置が宣言され、琉球王国は滅亡、日本の一県となりました。